たいくつバスター

ときめきに押し潰されたい

甘いソーダに浮かべるサクラソウの匂いは/OKAMOTO'S LIVE TOUR2023"Flowers" 2023.1.9~4.28

2013年4月27日の私はO-EASTにいて、ほとんど歳の変わらない彼らが大きな音で意志を鳴らす現実に、空気に、初めて触れていた。ギラギラした目で堂々とステージに立つOKAMOTO'Sのことが大好きになった。2023年4月28日の私はZepp Hanedaにいて、ほとんど歳の変わらない彼らが大きな音で意志を鳴らす現実に、空気に、触れていた。OKAMOTO'Sのことが大好きなままだ。

この10年という年月をどうこう言いたい訳ではなく、OKAMOTO'S LIVE TOUR2023"Flowers"初日の横浜公演を観た後「O-EASTで観たOKAMOTO'Sだった」という感覚で身体がいっぱいになってしまって、流れてきた時間を思い出さずにはいられなかった。ライヴに足を運んで新しい彼らの姿を観ているのに、昔を思い出すような私は相変わらず"わかっていない"ファンなんだろうけど、それなりに観続けているからかドッと過去が湧き出てきてしまった。あの日みたいに声も音も突き抜けていくような気持ちよさがあって、そうだ、ずっとこういうふうに演奏する人達だったと涙が出た。


<責任を感じるから、自分のためにその人間が必要だから、その人が悲しいことが嫌だから。そうやって、『自分のため』の気持ちで結びつき、相手に執着する。その気持ちを、人はそれでも愛と呼ぶんです>。大事にしている小説の中の一節。私はこの10年『自分のため』の気持ちでOKAMOTO’Sに執着しているんだと思う。あの日しゅるりと結ばれたまま今もほどけないこの気持ちを愛と呼んでしまいたいけれど、ほんとうにいいのか。10年続いた気持ちはきっとこの先も続いてしまうから丁寧に大切に扱うべきだ。ぐるぐると考え込んだ横浜からの帰り道。私のOKAMOTO’Sへの愛みたいなものはどんな形をしていて、どんな温かさで、どんな肌触りで、どんな香りがして、……このツアーを観ながらきちんと見つめ直そうと思った。だからライヴを観る度に、感じたことを分解しようと言葉にしようと結構躍起になって、でも上手くいかなくて、愛なんてないんじゃないかと勝手に苦しくなっていたツアーだった。いや、お前はなんなんだ。

陽を全身で浴びて、強い風に前髪を崩され、春を感じる時間が増えてきた。駆け足で電車を乗り換えて、片目で仕事のメールを確認しながら、彼らが演奏するライヴハウスへ向かう。

私にとって意味のある日に、Zepp規模の大きなハコで、そして何にも視界を遮られない最前列で、ライヴを見届けられるなんて想像していなかった。始まるまで、観てきた公演を反芻したり、なぜこんなにも彼らに揺さぶられてしまうのか自分に問うてみたり、彼らが過去1番いい演奏ができますようにと祈ったりしていたから一緒にいた友達とはほとんど話さなかった(友達も同じような過ごし方をしていたようで笑ってしまった)。19:00に客電が落ちて"Intro"がかかっただけでくらり、と視界が揺れる。オカモトショウさんの<出会った時のままいられないなら><目を覚ます度にあなたに出会い直そう>というフレーズが水面に波紋が広がるように綺麗に響き渡ったとき、全部奪われた感じがした。相も変わらず冒頭のたった1曲でズルズルと引き摺り込まれていく、「好き」がだらしなく口から溢れそうになる。

"メンバーコラボレーションアルバム"、改めてウケるなと思いながら目の前で演奏される曲たちを聴いた。ロックバンドとして生きる中で、彼らが気を抜くことなんてないんだろうけど、各々が好きなものを持ち寄っての制作は少しくらいゆるく楽しいものであって欲しいなと思う。"オドロボ"と"いつも、エンドレス"が同じアルバムに収録されているという事実が存在している世界は美しいなあ。


オカモトコウキさんの声や言葉ってパズルみたいにパラパラ、しゃぼん玉みたいにふわふわ、掴みにくい。<あの子には花束を ずっと残せるメロディを>――ハマって、弾けて、胸の辺りがぐちゃぐちゃになった。あの子がどう思っているかは知らないけれど、思い返すことを躊躇わずにさせてくれる音楽があって今夜も救われた。思い出が一方通行になってしまってもいいと思った。悲しいけれど、どうしようもなく大人になってしまった。

じわじわと気持ちをアジデートするヴォーカルと演奏にまんまと乗せられて、さっきまでのセンチメンタルが少しずつ鳴りを潜めていく。とはいえ、それぞれの曲に付随するいろいろが鳴り止まない。"JOY JOY JOY"が初披露された場にいた私よ、その曲は10年後もフロアを最高沸点に持っていくアンセムのままですよとか仕事帰りに泣きながら買いに行った"BROTHER"は変わらないまま変わり続けていますよとかなんとか脳内で喋りまくってしまった(怖いね)。私にしかない記憶をなぞりながら、幸せに塗りたくられた今日を私に追加していく。


"Last Number"前のMC、どこかの公演でショウくんが「しばらく夜の歌ばかり歌っていたけど、辛かった訳じゃなくて。そういう自分に救われていたところもあったんだよね」みたいなことを言っていた。自分で自分を諦めない姿を見せてくれるから、あなたに都合のいい世界を望んでしまう。あなたと強く繋がるメンバー1人1人と音楽を作り続けることを望んでしまう。あれもこれも、ショウくんのためのように見えて、私の『自分のため』の気持ちでしかない。どこまでいっても、どんなに時間をかけても、私は全然誠実ではないから相手のことをきちんと想えない。やっぱり、私のためにOKAMOTO'Sがいて欲しい。

寂しそうに<彼方へ沈んだきりの/太陽はどこ?>と歌っていたロックバンドが、優しく<終わらない夜ならば/あなたが太陽さ>と歌う未来を目の当たりにできてほんとうに堪らなかった。どうか1日でも、1分でも、1秒でも長く、大好きなロックバンドの未来が、夢が続きますように。全部全部私のために。


OKAMOTO'S LIVE TOUR2023"Flowers"最終日の羽田公演、ハイライトだらけだった。忘れたくない瞬間だらけだった。かっこよくて眩しい。羨ましくて喉が渇く。ギラギラした目で一生懸命に演奏するOKAMOTO'Sがいるのがめちゃくちゃ嬉しかった。「すげえ、結構しょうもないMCしてる……」「今ツアー1番しょうもない!」という放課後の延長線でしかないやり取りも嬉しかった。好きになったロックバンドのメンバー全員が面白くてバカキュートってラッキーな気がする(?)。


アンコールラストに演奏された"Beautiful Days"、<幸せが何か誰も知らない>が棘みたいに身体に刺さって抜けなかった。オカモトショウさんの幸せがあって、オカモトコウキさんの幸せがあって、ハマ・オカモトさんの幸せがあって、オカモトレイジさんの幸せがあって、ブライアン新世界さんの幸せがあって、私にも私なりの幸せがあって、でもライヴハウスで音楽が鳴り響いているときだけはお互いの幸せが重なり合っていると嬉しいなと思った。視線にぎゅうぎゅうに込めた好きが少しでも伝わっているといいなと思った。なんだかこれは愛っぽいな。まだまだ好きになれそうだから、ゆっくり見つけられたらいいね。


彼らに逢うときはいつだって花束を抱えて、目いっぱいの"好き"と一緒に手渡そう。自分のことしか考えていないことを隠すために、ちょっぴり過剰にロマンチックに演出させてもらいます。

終わりのない夢のかおりにとろめく/OKAMOTO’S LIVE TOUR 2021"KNO WHERE" 2021.10.8~12.2

「わかってもらえない」とOKAMOTO’Sがよく言っていた時期が確かにあって、「音楽のイロハや知識がない人にファンですって言われるのってダルいのかな」と私が思っていた時期が確かにあって、でもめちゃくちゃ好きだからCDを買い、ライヴに行き、ラジオを聴き、なんてしていたら結構な年月が過ぎた。未だに私は"わかっていない"ファンだろうし、わかったフリをするのは失礼なので開き直っている。申し訳ない。

SFみたいな世界で、音楽には不要不急というレッテルがベッタリと貼られて悲しかった。彼らが傷つく世界になってしまって悔しかった。"わかっていない"私の発する言葉が彼らを支える訳ではないけれど、気休めになればと思って始めたのが、愛を唱えること。口に出さず想うだけみたいな美しさがあるのは承知の上で、受け取った愛に応えよう、愛を伝えようと(SNSは愛を伝えるツールではないけれど、お許しを)。今日も私の重たい呪いのような愛が少しでも彼らに届くといいなと思いながら、そして自分が読み返して元気になれるように、ツアー"KNO WHERE"完走によせて残す。


2年半振りのツアーの日程が解禁されて、日常を取り戻したい一心で行ける公演に全部申し込んだ。結果、計6公演、友達と笑いながら泣きながらライヴを観た。公演数を重ねても飽きないもので、むしろバンドが生きていることを実感して身体がビリビリする。涙がボロボロ出る。毎公演ほんとうにほんとうに大好きで幸せだった。


初日終演後は唸りながらライヴハウスを出たのが忘れられない。胸の辺りに熱い息だけが溜まって上手く言葉にならなかった。"自分達が何者なのか"わかりながらステージに立つOKAMOTO’Sから発せられる覚悟にめためたにやられてしまった。ライヴ中、直前に読んだオカモトコウキさんの「"10年やってきて関係性は変わりましたか?"って、"いや、もうこの4人が最高なんです!"って(笑)。それしかないじゃんって思う」という言葉を何度も何度も思い出して、何度も何度も共感して、このツアーが特別になる確信を得ていた。


コウキくんのお誕生日をお祝いした仙台公演が好きで――お誕生日だからといって曲が追加されなかったのが理由なんだけれど――自分達の準備してきたものを信じて貫き通したい感じが出ていてよかった。こういう真面目なところが好きなんだ。バースデーボーイなのにガツガツ前に出るでもなく相変わらずふわんふわんしているコウキくんはコウキくんすぎて素晴らしかった。改めて31歳のお誕生日おめでとうございます。友達との縁を結んでくれた人だから、特別な日に立ち合えてラッキーだった。


「ホテルに泊まってるだけでも楽しい。シャワーヘッドがくるくる回っちゃうのも懐かしい」というハマ・オカモトさんに「全部愛おしいよね」と返事したオカモトレイジさんの盛岡公演でのやり取りはずっと忘れないだろうなと考えながら新幹線の改札を通る。席を探しながら「好きな気持ちだけでこんなに長く走れるんだ、って」と微笑むオカモトショウさんを思い出す。バンドを始めて結構な年数が経つのに、ほんとうにこの人達はずっと音楽のことばかりなんだなって泣けて仕方なかった。好きだなと想いながら新幹線の車内アナウンスを聞き流した。



こんなに近いんだから目に焼き付けるぞと意気込んで、泣かないように泣かないように我慢したセミファイナル。いろんなことや感情がじわじわ思い出されて、目の前の彼らがかっこよすぎて、頭はごちゃごちゃになるわ鼻の奥はツーンとするわで大変だった。クラクラした。目の前のコウキくんがお立ち台に上がると隣にいる友達が仰け反っているのが視界の端に映る。クラクラしてるんだろうなと思って笑いそうになる。半ば無理やり誘って正解だった。好きな子が嬉しそうにしていると嬉しい。

最後の最後"Beautiful Days"で目が合ったショウくんが笑ってくれた。温度を感じる視線に心拍数がグッと上がった。それと同時にアルバムをつくりながら彼がクラッシュしてしまった話が頭をよぎって、悩みは尽きないだろうから<逃げ出したくなったなら たまには逃げ出せばいい>けど、なるべく楽しくいられますようにと神さまにお願いしておいた(神さまっているのかな?いたらいいよね)。

「("MC5"を演ったら)初心を思い出すね」「昔のデモだとハマくんがめっちゃサビ歌ってたよね」「えッッッッッ!?そうだっけ?俺はなんでそのデモ聴いてないの?」、何気ない会話だったけど、謎のタイミングだけど、ステージの上で徹底的に陽気でいてくれる彼らは偉いな!と改めて感心した。このご時世、いくらでも湿っぽくできますからね。



ツアーファイナルZepp Haneda公演ソールドアウト、めちゃくちゃ正しい。最高だろ。盛り上がっているお客さん越しのOKAMOTO’Sはいつにも増してキラキラしていて、もう、たまらなかった。ステージに立っている時間が、ファンが熱っぽくあなたたちを見つめる瞬間が、あなたたちの幸せでありますようにと祈りながら観た。彼らに降り注ぐ幸せはできるだけ多いほうがいい。1曲1曲宝箱に大切に仕舞うように聴いて、足を運んだ公演の中で1番泣いた。涙がこぼれるようにぽたぽたと好きな気持ちが溜まっていった。

<何度でも 何度でも 不完全過ぎる 僕らに 花束を贈り/世界中この香りで満たしてしまえばいい>、大袈裟でもなんでもなくこういうことを歌ってくれるOKAMOTO’Sがいるから、じょうずに息が吸える。彼らに逢うときはいつだって花束を抱えて、目いっぱいの"好き"と一緒に手渡したい。ド頭のギターからコーラスから照明から全部がツボで叫び出したくなった。ショウくんの歌う願いが綺麗に遠くに遠くに飛んでいく感じが好きでたまらなかった。

「マジで俺達"Beek"ばっかり演ってたよね」と彼らがケラケラ笑っていて、確かにそんな時期もあったねと私もつられて笑っていたのだけど、アンコール1曲目に持ってくるのはズルかった。「私この人達のことずっと好きじゃん」って気付いて、気持ちが発露するみたいにわんわん泣いた。"Beek"で泣いたの初めてだ。2021年に聴いても、とびっきりかっこよかったなあ。呆れるくらい言っているけれど、やっぱり、今OKAMOTO'S好きなのが楽しい。こんな世界だからと諦めずにバンドミュージックを鳴らしてくれる彼らが私の希望です。

初日に信じられない程食らった「俺達は自分が何者なのかよくわかってる」という覚悟は最終日までギラギラしたままで(というかこれから先ずっとか)美しかった。背筋が伸びた。自分を語る言葉を持つ彼らを尊敬しています。「OKAMOTO’Sってソリッドシチュエーションホラーだよね」とか言っていたけど。ソリッドシチュエーションホラーなんだ。


笑いながら泣きながらライヴを観た。一音一音、一挙一動にときめいた。数え切れないくらい、口から愛が止めどなく溢れそうになって下を向いて愛を飲み込んだ。"わかっていない"なりに好きでいると再度決めた。理解し切れなくても好きなものは好きなのだ。「なんだかわからんがとてつもなく好きなんだよな〜」という人が1人くらい混じっていても彼らに支障はないですよね(大丈夫ですよね?)。オカモトショウさん、オカモトコウキさん、ハマ・オカモトさん、オカモトレイジさん、BRIAN SHINSEKAIさん、こんなに"好き"が苦しくて幸せな、宝物みたいな日をくれてありがとう。もらってばかりで、救われてばかりで、何もお返しができなくてごめんなさい。

だいすきでたいせつなツアーが終わってしまった。

1つ残らず全部、未来に持っていく。熱されたライヴハウスの空気をたくさん吸い込んで、その空気をゆっくりと吐き出しながら友達と話したいくつもの夜も忘れないでいる。どうしようもなくなったときに頭の中でリピートボタンを押したい。未来でもどうせだいすきでたいせつなままだ。


Spriteの語源の1つにSpirit(魂)があるとさっき知った。OKAMOTO’Sってなんなんだ、できすぎだろ、とぼんやりしていたらバスを乗り過ごした。

ぼくたちは手のひらの上だけじゃ何もシェアできないだろ/OKAMOTO'Sホールツアー"90'S TOKYO BOYS IN HALL ~爆笑ストイックライヴ~" 2021.02.19

鼻を掠める風の匂いが変わった。そろそろ冬が終わる。大好きなロックバンドを観に行った。
f:id:h_ayk:20210222205844j:plain

OKAMOTO'Sのことがすごく好きだ。どれくらい好きなの?と聞かれたら「超好きです」、どこが好きなの?と聞かれたら「好きすぎてよくわかんないですね」、、、まあ、じょうずに言えた試しがない。語彙力や表現力が飛躍的に伸びるきっかけも特にないから、気持ちを綺麗に残せもしないけど、忘れたくないから書く。ただの熱だけど、書く。まだ指先が熱い。


2020年はアイスクリームみたいにどろどろ溶けていった、不健康な時間もあったけれど、別に絶望していなかった。彼らもそんな感じだったみたいで、私が絶望しなかったのは彼らが絶望せずにいてくれたからなのかと気づいた。彼らがいないと、いや、こんなふうに人生を背負わされるのダルいだろうけど、私はどこにピントを合わせたらいいかわからなくなるのかもしれないとも思った。これからも勝手に救われていく。

中野サンプラザで観るOKAMOTO'S、個人的に特別なのだ。ここが会場でよかった。13ヵ月振りの再会ですら、いつもみたいに笑わせてくれるのが嬉しかった。「愛感じちゃってんな〜」と結構本気で思った。あ、笑いごとじゃないよ。感じた愛は身体の隅々まであっという間にたまって、しまいには身体の外に溢れ出ていたようで、昼公演に一緒に入ってくれた友達に「ライヴ中にアヤカの顔見たら、超好きなんだなってすぐわかってよかったよ」と言われた。めちゃくちゃ恥ずかしい。久しぶりだというエクスキューズをなしにしても、何度目かわからない恋に落ちた多幸感と敗北感を味わっていたのは事実だけど。というか、こんなふうに真っ直ぐに愛をぶつけられたらひれ伏すしかない。


昼公演は下手側1列、夜公演は上手側4列という信じられないくらいいい席で観られて満足だった。メンバーの表情がくるくるころころ変わるのを肉眼で確認できるのは嬉しい。ショウくんのステージと視線の使い方が改めて好きだなと思った。パチンッと目が合ったら一気に引き摺りこまれる。スターだよね。コウキくんの優雅なのに激しいギター、ハマくんのギラギラ鮮やかなベース、ジーレイちゃんの華しかないドラム、音楽が目の前にあるという特別な平凡。OKAMOTO'Sって、面白いことや少し変わったことを仕掛けてくれるところがいいみたいなのもありつつ、ステージに立つと律儀にものすごく正しくロックバンドなところがいい。「これこれ!」ってライヴ中絶え間なくドキドキしていた。


「わざわざ音楽を聴きに行く必要なんてないでしょ」という人がいるのはわかっているし、こんなご時世だからそれが正しく聞こえるのもわかっているし、でもわざわざ音楽を聴きに行く必要はある。心ない文字の羅列が音楽を潰せる訳ないとライヴが終わって改めて思う。そんな言葉で音楽を、ロックバンドを、私の大好きな人達を傷つけるなって怒りも湧いてきた。音楽を、ライヴを続ける彼らに傷つくことを覚悟させないで欲しい。世界が優しさだけではできていなくて悔しい。

だからこそ"好き"が届いて欲しいって、叫び出しそうになった。我慢したら代わりに涙が出た。少しでも届いていますように。純愛かよ。

君が描く流線の美しさに見惚れて

父は野球が大好きで、高校生だった私に観たい番組があったとしてもそんなのお構いなしで野球中継を観ていた。プロ野球というとおじさんが好きなものというイメージがあったし、全然興味はなかったし、好きになる予定もなかった。

夜ご飯の時間の野球中継。何気なく目を向けた瞬間、打席に立っていたのが松本哲也だった。名前すら知らない選手がその打席でヒットを打ったかバントをしたか凡退したかなんてそりゃあ覚えていないけれど、「私が好きになるのはこの人だ」と思ったのは覚えている。その日からずっとずっと好きだ。そんな私の大好きな松本哲也が引退する。


【巨人】松本哲也が引退…育成から09年新人王獲得した“育成の星” : スポーツ報知

正直、意味がわからない。今季は2軍暮らしだったけれど、大きな怪我もなく.288という打率で盗塁もトップで、来季こそ1軍だなと思っていた。東京ドームの大歓声に迎えられて恥ずかしそうにする松が頭のなかにいた。私の幸せな妄想が壊れないでほしかった。今季1回でも1軍に上げてもらえれば何かが違ったのかもしれない、首脳陣は見る目がない――こんなことを泣きながらグチグチこぼすようなファンのことを、真っ直ぐな松は嫌うかもしれないけど、少しの間は許して。ごめんなさい。


「この人誰?」と父に聞いて名前を覚えてから松が出る試合は観ていた。周りの選手よりも一際小さな身体でバットを振り回してグラウンドを駆け回る姿が画面に映るだけで、なぜだか嬉しくて仕方なかった。身体を張ったプレーが多かったからひやひやしたし、怪我が多かったからやきもきしたし、でもそれ以上に松が野球をしている姿にワクワクした。ドキドキした。

f:id:h_ayk:20171006204629j:plain
このワクワクがメーターを振り切ったのは2010年のオールスターゲーム。選出されて、ヒットを打って、出塁して。努力家の松だから簡単に何度も奇跡みたいなことを起こせちゃうんだぞと誇らしかった。走ってスポーツ紙を買いに行ったのなんてこのときだけだ。

f:id:h_ayk:20171006203401j:plain
2012年の対阪神戦にはドキドキが凝縮されている。好きな選手がスタメンで活躍してチームが勝つって最高すぎるにもほどがあった。松が泣きながら受けたヒーローインタヴュー、 あの場に居合わせられたことは今振り返ると運命だったと思う。この人のことを好きでよかった、これからも好きでいようと改めて思った日だったから。そして松本哲也最後のヒーローインタヴューだから。

“平成の青い稲妻”松本哲 涙のお立ち台!V打&美技― スポニチ Sponichi Annex 野球

これ以外にもたくさんたくさん松には胸の高鳴りをもらった。松の代名詞のようなダイビングキャッチもそうだ。できないだとか怖いだとかマイナスの感情をすべて捨てて、できると信じて飛ぶ姿はほんとうにかっこよかった。というか今でも1番かっこいい。自分を信じられるというのは、松が全力で努力をしていることの体現だ。とにかくかっこいい。ボールを取ったあとにグラブを掲げる仕草も、チームメイトに褒められたあとの笑顔も、大好きだった。

"育成の星"という看板を背負っていることや"新人王"という肩書きがあることが、支えになりながら松の重荷にもなっていたはずだ。苦しい瞬間と報われた瞬間、どっちが多かったかなんて聞かなくてもなんとなくわかるけど、聞いてみたい。松は優しいから予想と違う答えをくれるんだろうなと思う。


ネットのニュース記事を読んでも公式が上げた引退会見の動画を見ても、まだ受け入れられない。辞めないで。引退なんて早すぎるよ。まだやれるよ。1軍に上がってくるの待ってるよ。ずっと応援してるよ。こんな言葉が全身を無限にループする。夢だったらいいのにと思うけど、何度寝て覚めてもこれは夢じゃない。

ただ1つよかったと素直に思えたのは引退会見で松が辛そうな顔をしていなかったこと。寂しそうではあったけど、凛としていた。いつか笑って観られますように。


読売巨人軍 松本哲也選手 現役引退記者会見 - YouTube

球団に行く末を決められる前に自分で引退を決めるところ、自分に期待してくれた球団で終わらせるところ。どこまでも真っ直ぐすぎて、こんなところでもまた私はこの人のことがやっぱり好きだと思った。ねえ最高だよ!!!!!愛してるよ!!!!!

悲しかったときも息苦しかったときも、松がいたから前を向こうと思えた。これからもいろんな選手が出てくるだろう。それでも松を越える選手は出てこない、私のヒーローは松だけだと胸を張って言える。松に逢えて、松を好きになって、松を応援して、毎日キラキラドラマチックだったよ!

松がどんな道を選ぶのかまだわからないけれど、ゆっくり決めてほしい。欲を言えば野球に携わっていてくれたらと思うけど、とにかく松が幸せならいい。


私のヒーローは今季最終戦を終えたらもうプロ野球選手として打席に立たないし、グラウンドを走り回らない。だけど、私は一生松本哲也のユニフォームを着て球場に行って、松本哲也のことを見つけてくれた球団のことを応援しようと思う。


松が頑張った11年間のほとんどをファンとして過ごせてよかった。ほんとうにありがとう。